佐賀市役所の面接対策で重要な、市の概要、基本データ、各種産業の特徴、総合計画・基本構想等、近隣自治体について掲載しています。
公務員試験の面接においては、志望自治体や近隣自治体の基本的な情報を押さえることが何よりも大切です。
佐賀市ならではの特色を理解し、面接対策に活かしてください。
なお、その他の佐賀県内の自治体については下記の記事からご確認いただけます。
市の概要
・佐賀平野の中央に位置する。
・市制施行は1889年で、近隣町村との合併・編入を繰り返して市域を拡大してきた。
・市内には「佐賀藩」ゆかりの史跡が多く、戦災を受けていないため長崎街道沿いなどに古い建造物や史跡が昔の面影を伝えている。
・山と海の間にあるため様々な自然風景が楽しめ、農業や漁業も盛んで、ムツゴロウ、エヒメアヤメなど珍しい生物を見ることができる。
基本データ
佐賀市の基本データを算出しました。
面接で具体的な数値を聞かれることもあるので、しっかり押えておきましょう。
面積
・総面積…約432㎢
・可住地人口密度…約900人/㎢
人口統計
・人口総数…約23万人
・年少人口率(15歳未満)…約13%
・生産年齢人口率(15~64歳)…約58%
・高齢人口率(65歳以上)…約29%
・人口1000人当たりの人口増減数…約-5.8人
・外国人人口数…約2000人
・転入者数…約8000人
・転入率(人口1000人当たり)…約33人
・転出者数…約8000人
・転出率(人口1000人当たり)…約34人
※最新のデータに基づいて算出
財政状況
・歳入額…約1190億円
・歳出額…約1150億円
・地方税…約310億円
・財政力指数…0.64
・実質公債費比率…1.7%
・将来負担比率…0%
・経常収支比率…約89%
・地方交付税依存度…16.2%
※最新のデータに基づいて算出
各種産業の特徴
佐賀市の各種産業についても整理しておきましょう。
農業・水産業
・佐賀市は、県内最大の耕地面積を有しており、農業が盛ん。佐賀市郊外では広い平野と豊富な水源を活かして、大麦や小麦などの穀類が作られている。
・麦類と豆類の二毛作が定着している。
・耕地利用率は140%前後あり、全国的に見ても極めて高い数字である。
・レタスやほうれん草、みかん、アスパラガス、いちごなどが作られており、特にいちごはブランド品種「さがほのか」が栽培されていることでも知られる。
・畜産は、山間部において肉牛や豚、鶏の飼育がメイン。ブランド牛の「佐賀牛」や地鶏の「みつせ鶏」として親しまれている。自然豊かな環境で育てられる佐賀牛は、肉質は国産牛のなかでも高い評価と支持を獲得している。また、みつせ鶏は、肉質がほど良く引き締まり、うまみも高いことから人気がある。
・水産業では、有明海の沖で養殖された海苔の生産が盛んで、全国的にも有名である。
・平成の大合併以前の佐賀市は、海に面している地域はそれほど多くなかったが、窪田町や東与賀町、川副町が併合されたことにより、有明海に面する地域が拡大した。
・海苔の生産量が全国の生産量の約4分の1を占め、そのうち佐賀市が7割を占めている。
工業・産業
・佐賀市の工業は、複数の伝統的背景から重工業よりも軽工業が発達してきた。その背景としては、佐賀市に面している有明海が遠浅で、大型船が航行できない海域であったことから重工業が発展しにくかったことが挙げられる。また、20世紀前半に石炭を産出して栄えた県西部とは対照的に、佐賀市には炭鉱もなく、それに関連する工業も発達しなかったことから、軽工業に注力したという背景もある。
・食品工業や繊維産業を中心に発達しており、特に食品工業の割合が高く、市内の工業全体の20%を占めるほどである。
・1990年代以降になると、九州北部に自動車・自動車部品産業が集積しはじめ、佐賀市でも自動車部品産業が成長していった。
・産業では、佐賀市諸富町で作られる「諸富家具」が県の代表的な産業のひとつである。この地域には古くから木工業が営まれ、1935 年(昭和10年)旧国鉄佐賀線が開通したことにより、人の往来も盛んになった。もともと筑後川を隔てて向かいにある福岡県大川市が九州を代表する家具産地で、この大川市の技術が佐賀市へと伝わった。現在では、佐賀市も大川市と比肩する九州の一大家具産地に発展している。
商業・サービス業
・佐賀市内で最初に街づくりが開始された地域は、1599年(慶長4年)に佐賀藩祖の鍋島直茂が命名した外国人の居留地・唐人町である。その場所は、1602年(慶長7年)から1616年(元和2年)に完成した「佐賀城」の外堀の北側に当たる。
・国鉄(現在のJR)佐賀線が1921年(大正10年)に開通したことで、佐賀駅から南方へ続くメインストリート・中央大通りを中心に街は発展した。その大通り沿いに、初の商店街・唐人町アーケードが建設されたのは、1959年(昭和34年)のことであった。
・1965年(昭和40年)には、百貨店「佐賀玉屋」が現在地である中央大通り付近に移転するなど、商店街を含む中心市街地は徐々に拡大した。ただし、年月が経つにつれて、市街地を形成する店の業態は、卸売業中心の時代から小売業中心の時代へと変化していった。その流れを受け、市内の中心的な商店街である白山名店街アーケードが、1980年(昭和55年)に完成した。
・昭和60年代から平成時代にかけて中心市街地の様相は一変し、郊外を中心に大型店やショッピングモールの建設が進行した。なかでも200以上の専門店が集う「ゆめタウン佐賀」や、買い物からグルメ・レジャーまで楽しめる「モラージュ佐賀」が有名である。
・中心市街地の再開発が進み、2007年(平成19年)8月には、白山名店街アーケード近くに「エスプラッツ」がリニューアルオープンした。1階では、生活必需品の買い物ができる他、2階には、クリニックや子育て支援センター、観光交流プラザなどが入っている。
総合計画・基本構想等
総合計画や基本構想とは、自治体の指針となるものです。
全体に目を通し、目指している方向性などの全容を掴むことが大切です。
さらに、あなたの興味・関心に合わせて、個別の計画や取組についても調べてみてください。
隣接する市
公務員試験の面接では、近隣自治体との比較について聞かれることが多々あります。
最低限、隣接する市については理解を深めておきましょう。